白神山地と失われた景色

白神山地とは?

白神山地は秋田・青森県境、北緯約40度30分に広がる山地帯の総称です。
白神山地は秋田県・青森県初の世界遺産で、
「人の影響をほとんど受けていない原生的なブナ天然林が
世界最大級の規模で分布」しているとして登録されました。
ただし、世界遺産とされている範囲は多くが青森県内にあり、
㎢に直すと約170㎢に過ぎません。
今後の保全が課題となっています。

ブナは、白神山地の幅広い標高(140~1,120m)に分布可能で、
高い標高ほど植生が多い事が示されています。※1

ブナは、比較的涼しい気候を好み、極端な寒さにも弱いです。
気温の年較差が小さく湿潤な海洋性気候(Cfb)はブナ気候とも呼ばれています。

秋田県能代山本地域・青森県津軽地域は太平洋側よりも温暖で、
日本屈指の豪雪地帯である事が知られています。
これは、暖流である対馬海流の影響です。
白神山地・奥羽山脈の北側となる自治体は、多くが特別豪雪地帯となっています。
しかし、盛岡市よりも北にある青森市の方が、1月の平均気温が低いのです。
(青森市は日本海側気候となっています。)

対馬海流の影響

白神山地は年間を通して、暖かく湿った風の影響を受け、降水量が多いです。
白神山地は北緯40度付近にありますが、同じ緯度にある都市は、
北京、平壌などです。

平壌は、夏はモンスーン(季節風)の影響を受け雨が多いものの、
冬はシベリア気団の影響を受け、非常に乾燥し、厳しい寒さとなります。
ほぼ同じ緯度である秋田市と平壌の1月の平均気温の差は6℃以上になります。
これは、秋田市と静岡市とほぼ同じ差であると言えます。

北東北の日本海沿岸は対馬海流の影響を受けるものの、
北緯ほど相応に冷たくなります。
しかし、12月-1月の海水温は、大陸に比べてまだ温かい為、
活発な上昇気流が発生します。

雪による断熱作用

雪国の人にとって厄介者の雪ですが、この豪雪が、
白神山地のブナ林を育てていると言えるのです。
ブナは残雪に覆われる早春に芽を出します。
太平洋側の雪の少ない地域では、早い時期に土壌が露出し、
霜や乾燥に晒されたブナの芽は枯死してしまいます。※2

余談ですが、今年は3月から高温で、植物の出芽も早かったそうですが、
春先は寒暖差が大きい事には変わりなく、放射冷却が強まった4月25日は、
大曲アメダスで-2.5℃の最低気温を記録しました。
この冷え込みで、農作物に霜害が発生したそうです。

一方、雪の下では気温が0℃を下回る事はなく、断熱作用があると共に、
土壌の水分が蒸発しないように保湿する作用もあります。

また、ブナは雪圧に対して撓り、幹を曲げる特性があるから、
日本海側の気候に適応したと言えます。

白神山地の気候は亜寒帯(Dfb)ですが、冬は雪によって蓋をされ、
地表の気温は下がる事がない事から、欧州などに多いブナが、
白神山地に生息しているのだと筆者は思います。

ブナ林の回復は難しい

ブナは陰樹とされ、植生の遷移では最も遅く成長する樹木の一種となっています。
ブナは暫し同じブナ科コナラ属(クヌギなど)と共生しながら生えますが、
ブナはクヌギに比べ、背が高く、晩成です。

同じブナ科でもブナとクヌギでは、クヌギの方が陽樹であり、
成長速度が早いですが、最終樹高は低くなります。

ブナの種は、陽樹の生え揃った森林へと侵入し、
非常に長い時間をかけて、森林を支配していくのです。

陰樹は木陰で成長するという変わった特徴があり、
陽樹とは違い、数十年単位で、人の手で造成林を作るのは難しいです。

かつては奥羽山脈や日本海側の山地の広い範囲にも
天然林に近いブナ林があったそうですが、
太平洋戦争後、大規模に伐採されてしまったそうです。
今では杉林が覆う県南の出羽山地も、
天然のブナ林があったと思うと、不思議な気分です。

ブナは成長が遅く、競争力の弱い樹木である事から、
伐採によって一度ブナ林が失われると、
回復するのは困難であると言えます。

自然環境に近付けた条件で、数十年以上という長い期間にわたって、
ブナを適切に管理していくのは、やはり難しいと思います。

人が去り、緑が戻った大川村

このように、ブナは日本の戦中戦後の物資不足と人口爆発の波に
運命を揺さぶられてきたと言えるでしょう。
ブナ林という大きな財産は、戦後の復興に多大な貢献をしたと言えますが、
その代償に、縄文以前から形作られてきた風景を一変させました。

自然環境の改変自体が悪とは決め付けられないのですが、
持続不可能な林業による実害もあるのです。

それは1994年の夏でした。
四国地方では、20世紀としては異例の猛暑と大渇水に見舞われ、
代表的な水瓶であった早明浦ダムも、貯水率が底を付いた事もあったそうです。
(その年の高知県本山の夏の降水量は平年より少なかったものの、
年間降水量が史上最も少なく、平年の60%程度だった。)
これは、直接的には少雨が原因でしたが、水源地の森が荒廃し、
水を蓄えられない事が社会問題となっていました。

早明浦ダム水源地にある高知県大川村は、鉱山と林業で栄えましたが、
1960年を境に過疎化により人口が激減。
伐採されたまま放置された山や、適切な管理が行き届かず、
枯れてしまう山もあり、土砂災害も頻発していたそうです。

そこで大川村は1996年より、
緑化活動の一環である「どんぐり銀行」を始めました。
大川村は、荒れた森林を伐採し、集めたクヌギなどの種(ドングリ)を苗木に育て、
そこに植えました。

一度、人の手によって開拓され、その後、人が去った所は、
荒廃した土地だけが残っています。
大川村も、否応なく過疎化の波が進行し、
2023年7月1日現在では349人に減っています。
苗木を植える植樹祭は、1997年より毎年5月に行われていますが、
今後の事業の存続も重要な課題であると言えます。

まとめ

高知県は秋田県とは違い、太平洋側の気候と亜熱帯性の気候を両方持ち、
夏はモンスーン(季節風)や台風の湿った空気の空気の影響を受け、
雨や曇りが多いです。
また、山から海の距離が近く、山の保水性は洪水や土砂災害を防ぐ上で、
重要な課題であったと思われます。

また、四国は関門海峡から冬の季節風が吹き抜ける愛媛県を除き、
積雪する事は少なく、四国全体で豪雪地帯は存在しません。

秋田県でも、豪雨被害が増加しているものの、
高知県とは地理条件が違う事を留意する必要があります。

さて、最近では、由利本荘市の子吉川上流で、鳥海ダムの建設が進んでいます。

先程説明した早明浦ダムは、
香川用水という香川県の生命線を供給しているダムのうちの一つです。

早明浦ダム下流、徳島県側には池田ダムがあり、
そこに阿讃山脈を貫く8kmのトンネルが掘られ、
吉野川と香川用水に分水しています。

一方、鳥海ダムはダムから海までの距離が短く、
水力発電という意味合いもあると思いますが、
自然を壊してまで作るべきものなのか疑問に思います。

幸い、秋田県では各地でブナの植林が行われていますが、
伐採されたまま放置された山も目にします。

成長の早い杉でさえ、収穫までに40~50年要するとされ※、
剰え担い手不足な中、とても見通しが立てられないと言えます。

※杉の最終樹高は20m程度ですが、若いうちは、
 10年で6mまで育つとされています。

しかし、地球環境を守っていくのは、紛れもなく次世代の子供達への義務なのです。
一人一人の力は弱くても、力を合わせれば、やがて大きな輪になります。

持続不可能な公共事業に多額の税金を投じるよりも、大川村を見習って、
人の力によって、自然環境を復興させていく事が必要ではないでしょうか。

出典

※1
https://www.ffpri.affrc.go.jp/pubs/seikasenshu/2008/documents/p8-9.pdf

※2

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